いのちの重さをひきずる
 改めて振り返ると、今年はいのちについて色々と考えさせられる年でした。3月27日、那須町で登山講習中の高校生たちが雪崩に巻き込まれ、大田原高校の生徒と先生の8名が亡くなるという痛ましい事故がありました。
 それから半年を経た9月末、犠牲者とともに雪に埋もれながらも救出された大高山岳部2年生の男子生徒が報道各社に寄せた手記が、新聞各紙に掲載されました。
 未だに精神状態が安定せず、事故のことを思い出すと痙攣(けいれん)などの症状が出ること、それでいながら半年間一日とて忘れたことはなく、忘れようにも一生忘れられないであろうこと等が綴られています。
 そして、テレビ番組や音楽などに触れる度に亡き友を思い出し、なんで助けられなかったのか、なんで自分だけ生き残ってしまったのかと、自問自答を繰り返し、生きることを諦めたくなる日もあったとのこと。何より、毎日起こる様々な事件の波にのまれ、事故のことや亡くなった友のことが、世間的に薄れていってしまうことに悲しくやり切れない思いを抱いているそうです。
それでも彼は今、亡き親友に誓った生きていく約束を胸に、いつかまた会えた時みんなに笑われない生き方をしようと、精一杯頑張っています。
亡き人を忘れないこと、亡き人との繋がりを真摯に受け止めて生きることは、先祖供養の根幹であり、人生を生きる上で智慧そのものに他なりません。彼は若くして大変な悲劇に遭遇し、その体験を通してこの大事を悟りました。しかし、悟りの境地は決して安穏ではなく、まだまだ辛く苦しい人生の修行が続くことでしょう。彼が一日でも早く高く大きな壁を乗り越えられることを祈るばかりです。

 真剣に結婚考えた方が・・・・
 厚生労働省の発表した平成26年度の統計によれば、昨年1年間の赤ちゃんの出生数は976,979人と、初めて100万人を割りました。結婚したカップルは戦後最少の6万組、平均初婚年齢は男性31.1歳で女性は29.4歳でした。女性の第一子出産は平均30.07歳と、晩婚・晩産の傾向は、この数年ずっと続いています。
 そして、女性の社会進出が進む一方、女性の人口は減少しており、特に男性が結婚して家庭を持てるようになるには、なかなか困難な時代になったと感じます。
今の若い人は先のことを考えないで好きなことばかりして、結婚する気もない≠ネどと手厳しいことをおっしゃる方もいらっしゃるようですが、現代の若者が置かれている状況は先行き困難であり、決してお気軽なものではありません。
運命の男女が出会って結婚し、さらには尊い子宝を授かることは、まさに神秘の奇跡そのものといえるでしょう。先ずは、真剣な取り組みが必要不可欠だと気付くところから始めなければならないと考えます。

 いのちと社会と自我
 神奈川県の知的障がい者の施設で恐ろしい大量殺傷事件が起きてから、7月で1年が経ち。犠牲者の慰霊の供養が行われたことなどが報道されました。純粋で疑うことを知らず、真面目に自分の役割を果たそうと頑張って生きて来た被害者たちを失った家族の思いもまた深く悲しいものでありましょう。只々ご冥福をお祈りするばかりです。
犯罪発生率が断然少なく、平穏で豊かな世の中であると世界的に評価されている我が国でさえ、衝動に駆られた無慈悲な犯罪は、毎年全国で止まることを知らず、実に痛ましいことです。
そもそも私たちの生きる社会は、自分以外の考え方と価値観が混ざり合っています。何事にも互いに認め合い譲り合う心掛けがなければ、平和に成り立ってはいかないものです。
しかし、お金や物が最優先の風潮の中、我慢することをおぼえぬまま大人になった人たちが自分の都合ばかりを優先するあまり、家庭や職場や地域社会等あらゆる場面において、周囲の人々に嫌な思いをさせ、犯罪には至らぬまでも、社会の秩序を乱してしまっていることが少なくないように感じます。
私たちは一人では生きられず、ましてや自分だけで幸せにはなれないものです。普段、周りの人たちと交わす何気ない思いやりの心こそ、平和な社会のおおもとだと考えます。

 いのちの時間と価値と覚悟
 今年そろそろ今年を振り返る季節になりつつあります。思い出されるのは6月末、歌舞伎役者市川海老蔵さんの妻小林麻央さんが亡くなったことです。 
 生命が燃え尽きるまで、ブログを通じて人々に生きることの意味を考えさせ、生きる勇気を与え続けた彼女に謹んで哀悼の意を表し、彼女の人として生きる心を表した一節を紹介させていただきます。
“例えば、私が今死んだら、人はどう思うでしょうか。「まだ三十四歳の若さで、可哀想に」「小さな子供を残して、可哀想に」でしょうか??私は、そんなふうには思われたくありません。なぜなら、病気になったことが私の人生を代表する出来事ではないからです。私の人生は、夢を叶え、時に苦しみもがき、愛する人に出会い、二人の宝物を授かり、家族に愛され、愛した、色どり豊かな人生だからです。だから、与えられた時間を、病気の色だけに支配されることは、やめました。なりたい自分になる。人生をより色どり豊かなものにするために。だって、人生は一度きりだから。”
 かすかな希望の灯火の中で、まだ34歳でしかなかった彼女が、かくも尊く人生を悟っていたのかと深く痛切な感銘を受けました。
 人生はその時間に関係なく、また健康・経済・境遇に係わりなく、人それぞれに掛け替えのない意味があり、春夏秋冬があります。自分の生命をいたわり、大切な出会いと日々の体験を愛おしんで生きることの大切さを教えられました。

 くらしの中の仏教の言葉 参
 テレビやネットの報道を見ていると、とかく世の中を自分に有利な方法で生き抜いている人が多いような印象を受けます。
 しかし、現実は、みんな地道にあくせくしながら、地に足付けて頑張っています。世渡り上手よりも、堅実で律儀な人こそ信頼されるべきだと思います。ところが「律儀」なんていう言葉は、最近あまり流行らないのか、ほとんど聞かなくなりました。

律儀(りちぎ)≠ニは、
 義理堅く実直なということですが、本来の意味は、心身を抑制し悪行を防止する意味で、善行を行うことです。「善行」は、自分の欲を捨てて世のため人のためにする行いのことですから、
 律儀に生きるということは、善行を行う生き方をするということになります。これこそ社会においてとても大切であり、最も尊重されるべき生き方です。
 なるべく「律儀」な考え方や生き方を思い出して、実践していきたいものです。
 

 長寿の国 日本
終戦直後の昭和二十二年、日本人の平均寿命は男性五十歳・女性五十四歳でした。約七十年後の平成二十七年には、男性八十一歳・女性八十七歳と、日本は世界一の長寿国になりました。ちなみに平均寿命とは、その年に生まれた0歳児の平均余命のことです。
 七十年間に平均寿命が三十年も伸びたのは、史上例のないことで、日本は今、世界のどの国も経験したことのない長寿社会にあって、暗中模索していることになります。諸々の問題はあったにせよ、国民年金制度が暗礁に乗り上げてしまうのも、ある意味無理からぬことなのかも知れません。
 いずれにせよ、長生き出来ることは何より幸福なことであり、私たちの日本という国が、世界で最も生活環境の優れた国である証でもあります。生・老・病・死は決して避けられない人生の宿命ですが、御題目の信仰に精進して、認知症や寝たきりにならないよう必死にお祈りし、健康寿命を伸ばせるよう頑張りましょう。

 くらいの中の仏教の言葉 弐
 この数年トイレが近くなったように感じます。歳のせいか、はたまた何か深刻な病気の前兆かと気になって、病院であちこち検査していただきました。結果は何も心配なことはないとのことで安心しました。が、相変わらずトイレが近いことに変わりはなく、どうしたら良いでしょうかと尋ねたら、お医者様曰く「そう神経質にならず、少し我慢してはどうでしょう。」とのことでした。なので我慢して、人知れずトイレの回数を減らす努力をしています。
 だから、という訳でもないのですが、今回は
   「我慢する」です。
我慢≠ヘ自分に執着することから起こる慢心の意味です。我を張って人に弱みを見せまいと耐え忍ぶことから転じて、江戸後期頃から現代の意味合いになったそうです。
 我慢することは美徳のように教えられて育って来たように思いますが、我慢しすぎるのは心身にストレスを溜めることに繋がりかねません。
 我慢の具合というのは難しいものです。

 暮らしの中の仏教の言葉 壱
 この頃はWOWOWとかAmazonプライムなどで気軽に映画を観ることが多いです。
10年位前の作品も、改めて観るとよく解って目からうろこの感があります。その分歳を取って人生経験が積み重なったせいでしょうか。なので、あまりものを考えずにぼんやりしてることが多くなったように感じます。
 これではいけないと思った訳でもありませんが、生活の中で気軽に使われている仏教に根ざした言葉を探してみることにしました。
 先ずは
  「観念する」です。いきなり観念しちゃうのもありかなと・・・
通常は、あきらめるとか、覚悟するという意味で使われていますが、本来は仏様や浄土を心の中に思い描くことです。
 想像しか出来ない世界を見せてくれる映画は大好きですが、映画を観ることは、「観念する」こととは違います。
 宗教者としては、一人で静かに心を落ち着けて呼吸を整えて「観念する」時間を持ちたいものです ^_^;

 それなりに幸せに
妙福寺は人生相談のお寺です。悩みは十人十色ですが、幸せになるために、誰もが必死の思いで生きています。
 夫婦や子育ての問題で、相談を受けることも少なくありません。ひとがたった一人で幸せになるのはとても困難であり、人生において人間関係の悩みはとても重要です。
 良好な対人関係が築かれている時には、「オキシトシン」という幸せホルモンの一種が分泌されてストレスを緩和し、幸せな気分をもたらしてくれるのだそうです。孫を抱く時やペットと触れ合う時等々、この幸せホルモンが出て元気になれるのです。
ヨーロッパのある大学の調査結果によれば、孫や他人の世話をしている高齢者は、しない人よりも長生きする傾向にあるのだとか。スキンシップを大切にすることで、幸せホルモンが活性化して心のバランスが整えられ、無意識に心のケアをしているのだと考えられています。
幸せとは人生に満足することであり、健康や経済や対人関係に満足することです。自分の満足はもとより、周囲の人たちの満足も思いやる心を育みたいものです。

 思いやり 絆 それなりの幸せ
日本人は思いやりの心に富み、自分だけの満足に止まらず、周囲の人々とともに幸せになることを望むことの出来る世界に比類なき民族です。一方、幸福を感じる度合いが少なく、それに伴って自殺する人の数が、先進諸国の中では高い数値であるということも忘れてはならない事実です。
 昨年二十二年ぶりに国内の自殺者が二万二千人を下回りました。「改正自殺対策基本法」により、全国の自治体による自殺防止の取り組みが強化された効果だといわれています。
 そんな中、全国でも自殺者の少ない地域には、人間関係が疎にして多≠ニいう共通点があるそうです。お付き合いはあいさつ程度でマイペース。しかし顔見知りが多く孤立は起きにくいというものです。
人は、家族や同僚など身近な人間関係に苦しむことが少なくありません。一方、たまに会う人や違う価値観の持ち主の言葉に触れて、希望を取り戻すこともあります。何気ない出会いでも、人との絆を大切にしていれば、いつか大きな救いになるのかも知れません。

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