住職雑感

 今が平和でも一寸先は闇 令和肆年伍月
 先月、北海道の知床半島沖合で観光船が遭難し、乗客と乗員26名全員が死亡もしくは行方不明という痛ましい事故が起きました。世界自然遺産の知床の美しい景色を船で沖合から眺める貴重で楽しいはずの旅行が突然悲劇に変わってしまいました。被害者の方々のご冥福を祈らずにはいられません。
 こうした悲しいニュースに接するたびに思うことは、普段平和で安全で便利な社会に生活している私たちは、それが当たり前だと錯覚してしまっているのではないかということです。
人生は、一寸先は闇と云われます。そして、大なり小なり災難は必ず我が身に降りかかってくるものです。
地震や台風等の大きな自然の力は人類の科学技術を遥かに凌駕しています。目に見えない小さなウィルスの働きに対しても、私たちはただただ悪戦苦闘を繰り返すばかりです。
日頃の穏やかな生活の中に在って、大自然や人々の運命をつかさどる御本佛様の存在を感じながら、その御加護に対し、敬虔な気持ちで感謝し祈ることの大切さを改めて感じました。

 大相撲、盛り上がれA 令和肆年卯月
 大相撲の大阪場所は、関脇若隆景が安との優勝決定戦を制し初優勝を遂げました。小さな身体を精一杯使って大きな相手を翻弄する相撲には、思わず応援したくなるファンが少なくないことでしょう。間近に引き寄せた大関取りに向ってケガをせずに頑張って欲しいものです。
ちなみに若隆景のお祖父さんは元小結の若葉山でその娘がお母さん。お父さんは元幕下若信夫で三代続くお相撲さんです。加えて長兄は幕下の若隆元・次兄は幕内の若元春と、戦国時代の毛利三兄弟の名前をそのまま四股名にした文字通りの相撲一家で三人それぞれ今後の活躍が楽しみです。
 今場所は、他にも横綱琴桜の孫の琴ノ若が終盤まで優勝争いに加わって三役に定着しそうな力を見せ、先場所負け越して十両に落ちた大横綱大鵬の孫で関脇貴闘力の息子王鵬も好成績を挙げて、来場所再入幕しての活躍が期待されます。かつて若乃花と貴乃花の兄弟横綱や鶴嶺山・逆鉾・寺尾の井筒三兄弟等の例もあったように、お祖父さんやお父さんの姿を思い出しながら観戦するのも相撲の魅力の一つだと思います。
それと、解説の元横綱北の富士さんが八十歳になられたとか。少しヤンチャで気風の良い、強い横綱でした。いつまでもお元気で楽しい解説を聴かせていただきたいと願っています。

 大国ロシアの暴挙 令和肆年参月
先月24日、ロシアは隣国ウクライナへの軍事侵攻に踏み切り、ロシア軍とウクライナ軍の戦闘が激しさを増しています。
 最も忌避すべき戦争が始まってしまったことに、世界各地でロシアへの非難と和平を叫ぶ声が上がっています。罪なき人々の生命が危険にさらされ平安な生活を脅かされる事態が一刻も早く収拾されることを願わずにはいられません。
 そもそもロシアはなぜ侵攻に踏み切ったのでしょう。
 1991年のソビエト連邦崩壊以来、連邦を構成していた国々は次々と西側陣営に移ってしまいました。ロシア連邦にとってウクライナは、まさに西側諸国との緩衝国家としての役割を果たしていたのですが、現在のゼレンスキー大統領は西側民主国家の軍事同盟ともいえるNATO(北大西洋条約機構)加入を望んでおり、そうなるとロシアは直接西側と国境を接することになってしまいます。
ロシア側はなんとかそれを阻止せんと幾多の行動を起こし、この数年ウクライナの東部地域においてウクライナ政府軍と親ロシア派武装勢力や反ウクライナ政府組織による紛争が続いており、すでにウクライナ国民の半数以上がロシアとの戦争が行われていると感じていたそうです。一方でロシア国民の多くは、戦争には反対ながらも、ウクライナはロシア連邦に留まるべきだと考えているのだとか。
非常に複雑な問題であることだけは間違いなさそうです。一日も早い平和裡の紛争解決を祈るばかりです。 

 大相撲、盛り上がれ 令和肆年弐月
先月行われた大相撲初場所は、関脇御嶽海が三度目の優勝を遂げ、大関に昇進しました。先輩大関が不振にあえぐ中今後の活躍が期待されます。
 御嶽海は東洋大学出身で学生横綱も獲得しています。
現在の大相撲上位で活躍している力士を見ると、大学で実績を積んで角界に入門している力士が目立ちます。かつてのように、中学や高校を出て直ぐに相撲部屋に入門し、長い時間をかけて歯を食いしばって強くなってゆくお相撲さんのイメージとは少しく変わって来ているように感じます。
 それでも長い大相撲の歴史の中では、大学時代に活躍して横綱まで上り詰めたのは輪島一人です。大関も初代豊山・四代目朝潮・武双山・出島・雅山・琴光喜と今回の御嶽海のわずか七人にとどまっています。
 一方、大横綱の北の湖は、中学生で入門し両国中学校に通っていましたが、厳しい稽古のせいか授業中よく居眠りをしていたとか。先生や同級生も起こさずに寝させておいたそうです。十九年ぶりの日本出身横綱稀勢の里も中学を卒業しての入門で、横綱隆の里の鳴門親方に猛稽古で鍛えられてこその栄誉でした。
いずれにせよ、大相撲の世界で横綱や大関になるというのは途轍もなく大変なことだということが分かります。個人的には近畿大学出身の朝乃山の復活を待ち望んでいますが、果たしていかがなものでしょうか。
 ちなみに相撲に目覚めたのは、ぎりぎり大鵬と柏戸の時代でした。柏戸引退から大鵬が一人横綱になり、北の富士と玉の海が横綱に昇進し、先輩横綱の意地を見せる大鵬と三つ巴でしのぎを削っていた時期は迫力があり、今も記憶に残っています。そして大関清国、正直すぎて横綱にはなれませんでしたが、忘れた頃に怪力で横綱に勝ったりして、なぜか大好きで応援していました。そして悲壮感漂う初代貴ノ花の大鵬への飽くなき挑戦等々、あの頃の大相撲輝いていたなあ!
 

 年頭所感 令和肆年壱月
お健やかに新年をお迎えのことと存じます。皆さまのご健勝とご多幸を心よりお祈り申し上げます。
 さて、今年は五黄の年で、九年に一度の誰にとっても八方塞がりの年と云えるでしょう。新しく商売を始めたり、企画を現実化したりという、人が活発に動くことを期待するには困難な年であり、反対に動きが活発では困るお墓を建てたり直したりすることには向いている年と云われています。
 また、十干十二支では「壬寅(みずのえとら)」の年になります。壬は任(になう)・妊(はらむ)の意味に通じ、寅は強く大きく成長することを表しているそうです。
総じて令和四年という年は、厳しい冬をじっと地中に耐えながら強い生命力を蓄え、新しい春の芽吹きを待っている年ということになるのではないでしょうか。
 今人類は、コロナ禍との闘いの真っ最中です。世界中の多くの人々が従来の生き方や生活感の変更を余儀なくされ、今後しばらくはこの状況が続くことと予想されます。今はまさしく旧来の価値観から新しい価値観への大きな変換期であるということは、自然災害の頻発や複雑化する世界の政治情勢等とも相まって間違いないところだと思います。
 私たちは、先行き不透明な不安なこの世の中に在って、自分にとって本当に大切なもの・変えてはいけない価値観・人生の真理をしっかりと見極めながら生き抜いて行かなければなりません。そしてそれを教えてくれるのは法華経と御題目の信仰に他なりません。心身に信仰を持つことで人智を超えた大いなる御本佛様に一切をお任せし、自ら為すべきことを見い出しながら誠実に精進していきましょう。

 国民の代弁者・代行者 令和3年12月
 先の衆議院選挙で当選した議員の在職一日に対して「文書通信交通滞在費(文通費)」のひと月分100万円全額支給が問題となりましたが、国会議員には、いかなる特権と優遇特典が与えられているのでしょうか。
 先ず憲法に保障された三つの特権です。@国会会期中は逮捕されない等々。A議院外では議院でのスピーチ・討論・評決に関して責任を問われない。B議員活動の経済基盤として国から歳費(給与)等の報酬を受ける権利がある。というもので、憲法改正しない限り変わらない特権です。
 優遇特典については、@前述の「文通費」として公的文書の発送費や交通費のために年間1200万円。滞在費も都内の一等地の議員宿舎に月数万円の家賃で済むことが出来る。A立法に関する調査研究費を会派に属する議員は月に65万円支給。B議会内で役員等を務めた議員には雑費として日額6000円を上限として支給。Cほぼ全線無料で乗れるJRパスと地元と東京の往復が最大4回無料となる航空引換証の支給。D公設秘書三名分の人件費2500万円を国が負担。E海外視察の必要な場合、飛行機はファーストクラスで一人当たり185万円公費で賄うことが出来る等々です。
 詳細については、興味のある方はご自分で確認してください。

 この特権と優遇特典について、マスコミ報道などを見て、うらやましいなと感じる人もおられるかも知れません。小衲も正直そこだけみれば「好いなあ・・」と思う気持ちは否めません。
 
 しかし、国会議員はいわゆる一般人とは違います。選挙区から参政権を行使した国民によって選ばれた国民の声の代弁者であり、国の主権者である国民の立法と行政の代行者です。多くの国民の生命と生活を両肩に担って議員の職を務めてくれている存在です。
 
 これらの“うらやましい”あるいは“ちょっとぜいたくな”と感じられる特権も、過酷な状況下で国のため国民のために滅私奉公し、不断に努力してくれる国会議員に対し、国民が自ら法の名のもとに与えている権利・特権であるはずです。
 
 偏った価値観の報道に惑わされず、自分が信じて選んだ国会議員の皆さんの活躍に期待したいと思います。

 プロ野球ペナントレース終了 (^▽^;) 令和3年11月
 嗚呼やっぱり!という感じで、阪神タイガースは今年も優勝を逃してしまいました。
 春先群を抜いて好調だった打線が、後半全く振るわず、ホームラン数に至っては、不振でしばらく二軍落ちしていた新人の佐藤輝明選手の24本がチーム最多というのですから、ここ一番という時に決め切る力が不足していたことは否めないところです。。
 まだ、クライマックスシリーズを勝ち抜いて日本シリーズに出場するチャンスは残っていますが、いわゆる下剋上はあまり好きではないので、どんなものでしょうか・・・ 
 それにしても昨年最下位からの優勝を遂げた東京ヤクルトとオリックスはお見事でした。両リーグともに昨年最下位チームの優勝は史上初の快挙だそうで、このまま日本シリーズで対戦すると、なかなか面白い戦いが期待出来そうです。
 また、今年は松坂大輔投手の引退がありました。夏の甲子園準々決勝でPL学園との延長の死闘を戦い抜き、翌日の準決勝の明徳義塾戦での奇跡の逆転勝利を経て春夏連覇を達成した姿は今も瞼に焼き付いています。お疲れさまでした。
 いつも冷静な阪神ファンとしては、また来シーズンの佐藤選手・大山選手、そして藤浪投手のさらなる奮起と成長に期待しています。

 新風来るか   令和3年10月
先月29日に自由民主党の総裁選が行われ、新しい総理・総裁が決定しました。先ずはコロナ禍や自然災害によって散々な目に遭っている日本の状況が、少しでも前向きに改善されることに期待しています。
 今回の総裁選挙は、コロナ禍の影響で街頭演説が行われませんでした。そのせいで派手なパフォーマンスに流されることなく、候補者が互いの意見を戦わせる討論会が放映され、それぞれの考えや人柄を、これまでよりは深く感じることが出来たように思います。全国からズームによる一般の参加者を募って、歯に衣着せぬ思いを直接候補者に投げかけた討論会は画期的であり、国民と総理・総裁との距離がずい分縮んだものだと感じさせられました。
今の日本は、まさに「内憂外患」の難しい状況にあります。内にはコロナ禍で疲弊した経済と人々の生活を立て直し、外には近隣諸国との軋轢を解消して、改めて日本の独自性と立場を国際社会に認めさせなければならないと考えます。
私たちの国日本は、四季折々の美しい自然と風土に恵まれ、人々はやさしい思いやりに満ち、優れた智慧で創意工夫を行い、傑出した文化技術で世界に驚きと楽しさを送り続けています。 
佳き政治が行われ、この日本に生まれたことの幸せを、国民の誰もが感じながら生きていける日々が訪れることを願ってやみません。

 新型コロナウィルスワクチン接種 令和3年9月
 新型コロナウィルスのワクチン接種を受けました。
一回目は何ともなかったのですが、二回目は注射した辺りの痛みが強く、数日は肩が上がらず辛い目に遭いました。甘く考えてました。
 ワクチンを接種するということは、身体に免疫反応が起こり、それによって感染症の発生を防ぐことが出来るようになる訳ですが、この時に二割から三割程度免疫が出来る以外の反応が起きることがあり、これを副反応というのだそうです。軽いもので発熱や注射した所の腫れ、重いと脳炎や脳症などが発生することもあるのだとか。
 新型コロナウィルスのワクチン接種の副反応は、製薬会社によって多少の差はあるようですが、半分以上の人に接種部位の痛み・頭痛・筋肉痛・疲労感が生じており、より少ない割合で、下痢・発熱・リンパ節症・吐き気や嘔吐などが生じているそうです。
それぞれに苦しい思いをした分コロナの感染と発症、特に重症化の恐れが少なくなるには違いありませんが、各自の体質等に応じて、接種に際しお医者様の指導を仰ぐことが肝要と考えます。
なんとも厄介なウィルスがはびこったものです。

 東京オリンピック開会式 再び 令和3年8月
 もうすでに、東京オリンピックもパラリンピックも閉幕してしまいましたが・・・・
 今さらながら、開会式の感動を (;^ω^)
 
 未曾有のコロナ禍にあって、一年延期の後に開催か中止か大きく騒がれた《東京オリンピック2020》が開催されました。
前回の五十七年前の東京オリンピックの時は四歳で幼稚園の年中組でした。自分自身の記憶にある唯一の思い出は、家族と茶の間で観た開会式の昭和天皇の開会宣言です。当時のIOCブランデージ会長が英語(?)の挨拶の後、日本語で天皇陛下に開会宣言をお願いし、それを受けて昭和天皇がアジア初の東京オリンピックの開会を堂々と宣言されたのです。
当時の天皇陛下は、間違いなく今よりもはるかに偉く尊い存在であり、天皇陛下のお姿をテレビで観られるという祖父母や家族たちの感動が、子ども心にもひしひしと伝わって、幼い記憶に深く刻み込まれたのかも知れません。
今回も、IOCのバッハ会長が少々長すぎた挨拶の後、やはり日本語で謹んで天皇陛下に開会宣言をお願いし、小衲と同い年の今上天皇によって開会宣言が行われた時は、五十七年前の妙福寺の茶の間兼客間で、小さなテレビを家族や親せきで観ていた情景がよみがえり、目頭が熱くなりました。当時は戦後まだ十九年、オリンピックが日本で開催され、しかもテレビで観られるなんて、誰もがあまりに新鮮で不思議な感じさえしてたのではないかと思います。話題のタネはオリンピック一色でした。
あの頃から記憶にある小衲の人生も始まりました。ガンバレ、日本 !